カトマンズの書店で何気なく棚を眺めていたら見覚えのあるブータンの城が目についた。その前を小さな男の子が馬に乗って歩いている。これが私とこの本との出会いだった。
近代化された社会の人々にとって、ヒマヤラの旅は冒険である。しかもその最も未知な地域のブータンを旅するのに1歳と3歳の子供を連れて行くというのだから、いかに山好きな医者と看護婦の夫妻とはいえ、常識的には狂気の沙汰であろう。案の定ピーター・スチール一家は幼児がいなければ起こらなかったような困難、それも一家の未来をメチャクチャにしかねないような事故に何度も出会っている。しかしながら何事にもくじけない楽天的な一家は、シャルパ娘のラクパとブータン青年チミー、それにすぐれた気性の馬方たちの助けによって幸運をしっかりつかまえ、ブータン国内を西から東へ横断する旅を成し遂げた。その波乱万丈の旅行記は、単なる登山記録や探検記とは異なって、誰もが身近に感ずることができるだろう。
著者が家族のことをどんなに誇りに思っているかは巻頭の献辞が雄弁に物語っている。とりわけ「わが家というものは、煉瓦で出来ているものでもなく、竹で出来ているものでもなく、両親がいて子供が安心していられる場所である」(133頁)という一家の生活信条には、目を洗われるような気がする。私もこのような妻子に恵まれた著者をうらやましく思わずにはいられない。
本書の日本語訳に当たっては紙数の関係で、著者の諒解を得て原文の一部を割愛した。割愛した部分はブータンの国内の旅行が始まる前の話の一部と、ブータンの歴史について触れた部分である。このために原文では19章あったものが18章となっているが、原書の内容を伝えるのに大きな相違は来さなかったものと信ずる。
1978年4月 金井弘夫 [冒険家族ヒマラヤを行く(昭和53年 時事通信社発行)]
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