第三部 ナマエ・データ・ヒト: 吉村 衛氏による科の和名の新提案

Japanese Family names of Spermatophytes, a Proposal by Dr. M. Yoshimura

杏林大学の吉村 衛氏が、種子植物の科の和名について広範な提案(吉村2000)をされておられるので紹介する。新刊紹介ではなくわざわざ短報とした理由は、この出版物の分類学研究者や機関への周知は不十分と思われ、次回に科の和名を検討する機会には、気づかれずに終わってしまうおそれがあるからである。

科の和名の選定は、日本植物分類学会の発足と共に検討が始まり、1952年に顕花植物、1956年に陰花植物が公表されている(日本植物分類学会1952、1956a)。また文部省学術用語集植物学編(1956b、1990)の巻末には、日本植物分類学会選定になる「植物科名の標準和名」が載っている。

和名には命名の規則はない。したがって前述の「標準和名」というものは「これを使え」というようなものではなく、「同じ科に対して人によって別な呼び名を使うのは情報交換に不便だから、共通に使う名前を打ち合わせておこう」という理解で、「標準和名」が提示されたものである。1952年の原案は、津山 尚氏が多くの文献から収集した和名を、採択の原則や表記法を作った上、1948年頃から逐次検討した結果である。

1990年の再検討に当たっては、その後の発展に対応して多くの新しい科の和名が検討採択された。採択の原則や表記法については、前回にならうこととした。私はその時の委員の一人であるが、この時には時間があまりなく、上記の原則は建前としてはあったものの、ジックリ検討する間はなかった。したがって公表された科の和名は、取捨の検討に不十分なところがあったり、表記法が一定でなかったりと、多くの欠点が目につく。吉村氏はこれらを逐一検討した結果、独自の見解に基づいて一貫した原則の下で、科の和名の提案を行なっている。基本方針は次のとおりである。

  1. 科が新たな見解によって分割統合されても、和名になるべく変化が起こらないようにする。つまり原則的には、科の学名の元となった属名を元にして和名を作る。
  2. 永年用いられて来た和名はなるべく保存するが、周知されていない植物名によるものは避ける。
  3. 学名そのままを和名として表現するときには、原綴りを推定できる表記にする。

この目的のために、詳細な表記法が記されている。

これらを踏まえて、わが国の文献に現れた科の和名700件について、検討の結果を示している。すなわち、従来のもので表現が不適当として改められたものが43件、使用が不適当と判定されたものは174件、混乱のおそれはないが好ましくないとされたもの75件、新しく提示された和名が36件である。すべての和名について、その出典と判定の理由が示されている。改められた名前の多くは、ラテン名のカナ表記が原綴りをより良く反映するようにしたものである。

新たに提示された和名をいくつか挙げると、Aizoaceae(アイゾオン科)、Araliaceae(タラノキ科)、Ericaceae(エリカ科)、Loganiaceae(ロガニア科)、Proteaceae(プロテア科)、Terminaliaceae(モモタマナ科)などである。エリカ科を新称するのは、シャクナゲ科、ツツジ科はRhodoraceae、Rhododendraceaeが分離されたとき、そちらへ使うことになるし、エリカの名は園芸植物としてすでに流通しているから、という理由である。

これらの名前を取り入れるかどうかについては、いろいろと意見が分かれるであろうが、とにかく既出の科の和名について、一定の基準に基づいて判断した結果が示されているので、次回に「科の標準和名」を討議するときには、大変有用な資料になるだろう。40点におよぶ文献リストも役に立つ。前回の討議のときには、手当たり次第に集めた科の和名の出典がわからず、みっともない思いをしたものである。吉村氏のご努力を多とするものである。同氏は既に大学を退職しておられ、別刷もほとんど残っていないとのことなので、コピーの入手は大学図書館などに配付された出版物そのものに当たるほかはない。

ところでこの出版物の名称だが、別刷の表紙には「杏林大学教養部門第17巻(2000年3月)」とあるだけで、本文の柱や表題には出典の表示は何もない。この表示では引用する誌名としては何か不足していて、このまま文献表に載せたら、引用者の記述ミスと思われかねない。杏林大学図書館に問い合わせたところ「杏林大学研究報告教養部門」が正式名称だそうだ。別刷を作るとき、大学側は当たり前の気配りをしてもらいたいし、表紙がなくても出典がわかるように配慮してもらいたい。


引用文献
日本植物分類学会 1952. 植物科名の標準和名・顕花植物編. 植物学雑誌65:200-203
日本植物分類学会 1956a. 植物科名の標準和名・陰花植物編. 植物学雑誌69:169-175
日本植物分類学会 1956b. 植物科名の標準和名・文部省編. 学術用語集植物学編:145-155
日本植物分類学会 1990. 植物科名の標準和名・文部省・日本植物学会編:学術用語集植物学編(増訂版): 615-661
吉村 衛 2000. 種子植物の科の和訳名について. 杏林大学研究報告教養部門17:11-58
[植物研究雑誌77:168-169(2002)]

注)本書収蔵にあたり原文のSummaryは割愛した。

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書籍詳細

『金井弘夫著作集』
金井弘夫著作集 植物・探検・書評
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
注文する残部僅少[2008/09/30]
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