1930年生。1954年、東京大学理学部生物学科卒。理学博士。1960-1977年の間、東大ヒマラヤ調査に隊員・隊長としてネパールやブータンを調査。1975年に国立科学博物館パプアニューギニア隠花植物調査に隊員として参加。その後東京大学総合研究資料館助教授を経て国立科学博物館植物研究部に移る。
大人向けの観察会にいや気がさして、子供だけを相手にする。観察会では保護者を隔離し、植物の名前はなるべく教えない。東京環境工科専門学校で、テキストを使わず、実物のみを使った植物分類学の講義をしている。
金井弘夫博士著作集に寄せて(一部抜粋)
東京大学名誉教授金井弘夫博士は1930年5月27日生れだから、昨年めでたく喜寿を迎えられた。私は以下に経緯を紹介させていただくように、直接・間接に多くのことを金井先生から学ぶことができた。そして先生のことを親しみを込めて金井さんと呼ばせていただいている。なのでここでも以下、先生を金井さんとお呼びすることをお許しいただきたい。
金井分類学の特色
金井さんの専門は植物分類学であるが、他の多くの学徒とは異なり、新しい分類体系の提唱、発見された新植物に新しい学名を与える研究や新見解にもとづく新学名の提唱のような命名についての論文はほとんど発表されていない。金井さんが命名者になっている学名で私が知っているのはネパールのスイセイジュ(水青樹)に恩師の原寛先生と共に命名されたTetracentron sinense var. himalense H. Hara & Kanaiだけである。
このことから学会には金井さんが分類に興味がない研究者だという人がいるが、決してそんなことはない。学名の命名や変更はそれを必要とする新事実があってなされるものである。金井さんはそうした新事実の発見には変らず高い関心を抱いておられる。しかし、それをもってご自身で学名を提唱されることはなさらないのである。むしろ金井さんは、その新事実を誰にでもこだわりなく気軽に伝え、知識として多くの人たちに共有されることで良しとしているのである。このことは金井さんの研究の特色の一部をなしている重要な点であると私はみている。本書の第二部「植物の観かた・残しかた」には、こうした新事実の発見を多くの読者に簡明、かつとても楽しそうに伝えようとされる、金井さんの姿勢がよく現れている。
金井さんが分類学の領域中で形態観察とならび特別な関心を抱かれているのは分布の問題である。これまでに、日本全県に及ぶ普通植物の分布調査と分布パターンの考察、尾瀬ヶ原での水生植物と池塘の消長、帰化植物の分布などの研究が論文や報告書として刊行されているが、そこには分布の事実を大切に考える金井さんの姿勢が貫かれているようにみえる。
あとがき
後期高齢者の仲間入りしてしばらくしたある日、大場秀章さんが「喜寿の記念に作品集を作りましょう」と言う。「私の発表したものなど、今では児戯に類することを、昔のテクニック未発達の頃に手間暇かけてやっただけのことだから、結果優先のご時世にそんなもの誰も興味を持つまい。それよりは未発表の文ならば、少なくとも一度は目を通してもらえるのではないか?」「それならそれを見せてください」ということになった。
「植物分類学をやっています」とは言うものの、具体的なタクソンに関する報文を何も出していないおそらく唯一の人間で、目的よりも手段にこだわるタチなのだ。そもそもタクソンの境目をどう定義したらよいのか、私にわからない。だから境目を決める手段に目がいくことになる。
むかしヒマラヤ植物調査に関わっていたころ、現地から送った手紙を回収してあったし、そういうことがまだ珍しがられた時代だったので、駄文を求められることがあったから、いくつか用意してあった。今になって読み返すと、当時気付かなかった人間関係や心理が理解できたり、他の人が経験していない出来事もある。古いFDを探し出したり、手書きの下書きを入力し直したりして渡した。
なにをどのように選んで編集するかは、大場さんと森弦一さんにまかせて、私は口を出さないことにしたので、校正刷りを見るまではこんな量になるとは思わなかった。「塵も積もれば山となる」と言うが、我ながらよく塵を排出したものだ。
第一部に取り込まれた文には研究報告ではなく、海外調査の現場の出来事を語ったものが多い。日本に残ってわれわれをサポートして下さった方々に、語りつくせなかったおみやげ話を遅まきながら披露して、あらためてお礼を申し上げたい。
図や写真の提供依頼があって驚いたのは、発表に使った原図がみつからないものが多いことだった。確かに最近見た覚えがあるのに、こういうことがあると作品リストを作ったりしているうちに、資料をあちこちいじくって配列が変わってしまうので、あわてて探しても出て来ない。資料を後々まで利用するつもりならば、その時々の費用を惜しまずに、決めた方式を維持すべきだということを、あらためて痛感したが、後の祭だった。
生来群れるのが嫌いで人つきあいが悪いから、取り残されても仕方がないと離れ猿を決め込んで来た。鍬と鎌でシコシコなにかやっていたら、うしろからブルドーザーがガガガッと来て立派な道路が出来、そこをバスに乗ってみんなが行くのを横目に、相変わらず旧い自分のやり方にこだわっている。そういう年寄り(こんな単語を使う年齢になるとは思わなかった)が、かつてこんなことをしたということが、何かのヒントになればありがたいことである。自分ではまだ「回顧」の時期に入っていないつもりなので、今後も駄作を作り続けたいと思う。
企画してくださった大場秀章氏、アボック社の毛藤圀彦氏、森弦一氏、川上弘介氏に御礼申し上げる。そして、たび重なる海外調査の留守居役としてサポートして下さった方々が当時を思いだして少しは楽しんで下されば嬉しいことである。
本著作集を編むにあたり、各社・団体-朝日新聞社(『科学朝日』[廃刊])、科学博物館後援会(『国立科学博物館ニュース』[廃刊])、独立行政法人国立科学博物館(『国立科学博物館研究報告』)、株式会社古今書院(『月刊地理』)、株式会社時事通信社(ピーター・スチール著『冒険家族ヒマラヤを行く』あとがき)、株式会社実業之日本社(『週刊小説』)、植物地理・分類学会(『植物地理・分類研究』)、成蹊会事務局(『成蹊会誌』ほか)、生物研究会(『プラナリヤ』)、株式会社ツムラ(『植物研究雑誌』)、日本植物分類学会(『日本植物分類ニュースレター』)、社団法人日本ネパール協会(『日本ネパール協会会報』)、文芸広場社(『文芸広場』)、丸善株式会社(『学鐙』)、株式会社明治屋(『嗜好』[廃刊])、野外植物研究会(『野草』)-より、収録著作の使用掲載許可をいただき、また亀澤千惠子さん(元『嗜好』編集室)、木原ゆり子さん(木原記念財団)には「著作一覧」の不明箇所を補う際にご助力をいただいた。あわせて御礼申し上げる。
2008年8月 著者
=休業日
土曜・日曜・祝日・GW休暇・夏季休暇・冬季休暇(年末年始)
アボック社は(一社)日本公園施設業協会の審査を経て「公園施設/遊具の安全に関する規準JPFA-SP-S:2024 」に準拠した安全な公園施設の設計・製造・販売・施工・点検・修繕を行う企業として認定されています。
© 2000- Aboc Co., Ltd.