オゼコウホネの種子散布

Seed dispersal of Nuphar pumilum var. ozeense (Nymphaeaceae)

1978年の夏、尾瀬ヶ原に於てオゼコウホネの種子散布について観察したので記録しておく。

オゼコウホネは開花時には水面より上に花部をもたげているが、花が終ると水面下に沈む。その深さは水面直下ないし5cmほどで、花柄のわん曲またはその内圧の低下によっておこり、ヒツジグサのように花柄下部がラセン巻きして花部を水中深く引き込むような特別な行動はとらない。この動作は登熟果でも不登熱果でも同様である。蕚片は花時と同様に開いたままで、ヒツジグサのように強く閉じることはない。果実は一方にゆがんだ円錐形で、基部は円い。説明の便宜上円錐のゆがんで傾いた側を腹面、その反対側を背面と呼ぶことにする。果実の色は若い時も熟してからも変らないが株によって異なり、暗緑色のものと暗紅色のものがある。

果が熟すとまず柱頭部がその基部から2つに裂け、この裂け目が外果皮の腹面を縦にのびて果の基部に達する。この頃には果実の外果皮の基部も軟化しており、外果皮は左右に徐々に反転して行く。一方10数個の独立の子房室を作っている内果皮は、互の結合がゆるみ、種子を包んだまま遊離してバラバラに水面に浮ぶ (Fig. 1. F。その形は半月形で、柱頭方向に細長くのび、基部は円い。色は組織内に気体を含んでいるので純白にみえる。その質は弾力のあるスポンジ状で、かなり丈夫でしなやかにできており、はじめのうちはセーム革のような感じで、指でちょっと引張ったくらいでは千切れない。内部には数個の緑褐色の登熱種子が入っており、種子は扁卵形で固く光滑があり、ゆるい粘液におおわれている。

浮遊した内果皮はやがて吸水してとけ、粘質物となって種子をゆるやかにまとめているが、しまいに拡散して種子は水中に沈む。

オゼコウホネの散布法は上記の観察の結果、あきらかに水に浮遊して散布するものである。この散布法では遠距離散布は期待できないが、果の裂閑の時期に夕立や台風などのために池が溢れることがあれば、近所の池へ移住するのは容易と考えられる。

水生種物には水鳥による散布の可能性が考えられるので、食餌としてどんなものか、参考のため、裂開前の完熟果を食べてみたが、内果皮のパルプ質がスカスカと歯に当るだけで、全く味もソッケもなかった。また浮遊中の内果皮も柔らかいが全く無味であった。なお裂開前には内果皮同士の結合は強固で、指でほぐそうとしてもこわれるだけで、1つの子房室を分離することはできなかった。このことは内果皮同士をつないでいる組織が、果の裂開によって入って来た水によって溶解することを暗示している。

果実の裂開の経過を観察するため、完熟したと思われる果実1個を花柄約20cmをつけたまま切りとり、9月18日東京へ持ち帰って、直径25cm、深さ10cmのプラスチック洗面器に水道水を満たした中に静置しておいた、水温は観察期間を通じて25 - 28℃であった。

9月20日の夕方になっても何の変化も現れないので、果実の背面にナイフで縦に浅く切れ目を入れた。この切れ目は裂開を促進させる目的でつけたものだが、その後の経過から見ると、この切れ目は何か影響を与えたとは思われない。

9月21日午前10時頃から柱頭が2つに裂けはじめ、裂け目は既に切れ目の入れてある背面に向わず、腹面を基部に向ってのびて行った(Fig. 1. B。この頃には果実の基部はかなり軟化しており、背面基部をのぞいて少しの動揺でも蕚から容易に離れる状態となっていた、夕方になると外果皮は腹面の裂け目を中心に左右へはがれはじめ、遊離した部分は3個の破片となり、白い内果皮がのぞけるようになった(Fig. 1. C

9月22日朝になると外果皮はすっかりはがれ、上下へ反捲して約4個の破片となっていた。外果皮の外面はなめらかで丈夫にできているが、内面は緑色で非常に軟らかい。内果皮は互の結合がゆるめられているが、まだ1つにまとまっている。一つ一つをピンセットで離すと、浮ぶものも沈むものもある。白色不透明で感触はしなやかでサラサラしている。20時までに蕚に附着したままの2個をのぞいて内果皮はすべて沈下した。早く沈んだものは水がしみ込んで組織がくずれはじめて半透明となり、含まれていた気体が小さな気泡となっているのが見えて来た。観察は一応ここで打切ったが、その後内果皮はとけてスライム状となり、一部は気泡のために再び浮上ったものもある。本観察では水を極力平静に保ったために、経過は実際よりおそかったと思われる。現地では池といえども水の動きはかなりあるので、外果皮の裂開から内果皮の分離浮遊までの時間はもっと短かいものと考える。花柄が切離されていることが果の裂開に何か影響があるかを調べるため、果実を水中に入れて花柄の切口から強く吹いてみたが、柱頭部からわずかに気泡が出たほかに何も変化はなかった。背面に切れ目を浅く入れてから同じことをやってみたが、結果は同様だった。本研究は文部省昭和53年度科学研究費補助金総合研究(A)234066「尾瀬ヶ原及び周辺地域の総合的調査研究」により正式許可をえて行ったものである。

オゼコウホネ / Fig. 1 (BB – Dは実験室内で設置したもの)

[植物研究雑誌54(1):27 – 29(1979)]

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書籍詳細

『金井弘夫著作集』
金井弘夫著作集 植物・探検・書評
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
注文する残部僅少[2008/09/30]
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