木村陽二郎先生

In Memory of Dr. Yojiro Kimura

私が東大教養学部へ入ったとき、木村先生はそこにおられたのだが、われわれのクラスの講義は佐藤重平先生だったので、お目にかかることはほとんどなかった。本郷へ進んでからだったと思うが、仲間で八ヶ岳へ旅行したとき先生をお誘いしたら、気軽に同行された。べつに指導をお願いしたわけではなく、先生も仲間の1人のような気分だった。私が先生と1番接触が多かったのは、日本植物学会創立百周年記念事業で、『日本の植物学百年の歩み』(1982)を編集したときである。その前に先生は、国立科学博物館百年史(1977)の主要部を執筆されているが、このとき科博にいた私とは、直接のつながりはなかった。植物学会記念事業では私は会場係で、記念誌編纂とは関係なかった。ある日先生が来られて、「物故研究者の伝記文献のリストを作っている」と執筆途上の原稿を見せられた。リストは最終的には氏名順に並べるのだが、順不同に入ってくる資料をその都度整列させるのは、大変な労力だということを察せられた。私は「こういう仕事はワープロを使うと楽です」と、ウッカリ言ってしまった。先生はどうやらそれを言わせようとしてやって来たらしい。「では頼むヨ」と原稿を置いて帰ってしまわれた。

今では想像もできないだろうが、当時は日本語ワープロができたばかりで、百年記念大会の講演要旨の原稿は手書きがほとんどで、たまに活字のものがあれば和文タイプであり、ワープロ出力の原稿は片手で数えるほどもなかった。パソコンだの表ソフトだのは、まだ日の目を見る前のはなしである。私はヒョンなことからワープロを導入したばかりで、まだ使い方もおぼつかなかったし、「同じコンセントからワープロとスタンドを引いてはならない」というような制約が多かった。先生はいち早くワープロの利点に着目し、私を挑発したのである。

置いていかれた原稿の入力が済んだころ、先生は追加の資料を持ってこられた。「百年の歩み」の締め切りまで、半年ほどだったろうか。そういうことが何度か繰り返され、おかげで私は日本語ワープロの使い方に否応なく慣れさせられた。こういう資料にはむつかしい文字が多いので、それを引き出すのに目がくらむような経験をした。最後の出力をお渡ししたとき、先生はコーヒーをおごって下さった。「百年の歩み」が出来上がってみたら、私は編集委員でもないのに、伝記資料の末尾に先生と並んで氏名が記されていた。木村先生と私の、唯一の共著文献である。

[植物研究雑誌82(2):115-116(2007)]

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書籍詳細

『金井弘夫著作集』
金井弘夫著作集 植物・探検・書評
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
注文する残部僅少[2008/09/30]
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