第二部 植物の観かた・残し方: 野外観察会のこと

私はこの3月で国立科学博物館を定年退職しました。博物館の行事である野外観察会についての感想を記します。

観察会は一般募集なので、参加者は老若男女入り雑じっています。しかも参加人数は多いほど「盛大で実績が上がった」という迷信があり、30人も40人も募集していました。「こんなにたくさんの人を集めました」ということが、館の公衆教育の成果となるのです。やってみると、年令も知識レベルもあまりにまちまちで、話しのしようがありません。それにいわゆる常連が指導者をとり囲み、新米は近づき難い特異な雰囲気を作ります。やたらに名前を聞きたがり、名前をたくさん聞くことが勉強だと思っているようです。「採集してはいけません」というのに掘り取っていきたがるものですから、あわや新聞種になりかけたこともありました。その上、珍しい植物がないと、来た甲斐がないようなつまらない顔をします。大人数ですから統制がとれず、人数が足りなくなって大騒ぎしていると、「山菜取りをしていた」と1時間も遅れて現れたり、中には途中で黙って帰ってしまったりします。指導者が実物を示して「ココのこういうところ……」という説明が理解でき、懇切なやりとりができるのは、せいぜい10人だと思います。それ以外は「お客様」ではないでしょうか?スピーカーでがなって説明したことにするのは、どうも自然観察というものではない気がします。

そこで大人に見切りをつけ、子供だけ対象にした観察会をやることにしました。ところが、館の要綱では(どこでも同じでしょうが)「小学生の場合は保護者の同行が必要」となっているのです。だから、子供だけといっても親がついてきました。親たちの面倒見のよさには辟易しました。荷物はみんな持ってやる、昼食時にはまず地面にシートを拡げてやり、お弁当を並べてやり、お茶をついでやり、ウエットティッシューで手を拭いてやります。食事が済むと、さっそく午前のメモを出して、植物名のおさらいをさせます。中には絵本を取り出して読ませ、「ウチの子供は本が好きでして」と自慢します。そんな「親子のふれあい」は、自分の家庭の行事でやればよいのにと思います。1番困るのは、道を1歩でもはみ出すと「危ない」と声を出すことです。口にする本人が、何が危ないかもわからず、どう避ければよいかもわからず、ただ「危ない、気をつけなさい」と言っても、言われた子供はどう注意すればよいか、どう避ければよいか、わかる筈がないのです。ですから言うこと自体が無駄の骨頂であるばかりか、「狼が来た」と同じで、本当の危険の際にも適切に反応できないことになりかねません。そういう親に見張られていては、私の方は思い切った行動がとれません。子供は親の言うことにばかり頼って、自分で判断して行動する習慣がつきません。

そこで「保護者の同行は断る」ことにしました。1人で歩ける年令として小学校4年生以上、中学生までとしました。大人の干渉をなるべく避けるため、通常はついてくる事務職員の同行も断り、私1人で扱える人数として、10人までとしました。

やってみたら、大変扱い易いことがわかりました。とにかく他人の中に自分1人ですから、行動が慎重になります。それはよいのですが、観察会の前提となる、「野山を歩く」という行動の基本的なことが、ちっとも身についていないことに気付きました。私は昭和一桁生まれですがいわゆる都会風の育ちで、小学生時代は野外の知識などほとんどありませんでしたが、それにくらべても見劣りします。野外観察というのは植物の名前を覚えるよりは、どうやって植物を見るかという、いわば体の使い方を身につける方が、応用性が高いと思います。別に誰も彼もが植物マニアになるわけではないのですから。私の観察会では、植物の名前は言いますが、それよりは自分で手折って折れ易さや表皮の感触を実感するとか、一々かじって味をみるとかを主体にします。それより前に、高尾や青梅で1日歩いても、人に会わないようなコースを選んでいます。

まず、地面にじかに尻をおろすことは、ほとんどの子供ができません。シートを敷かないと駄目なのです。シートなしで弁当を食べる羽目になると、しゃがんで食べています。これは大人も同じです。草に足をとられて転ぶとき、草むらにまともに手をつくものですから、鋭い切株に掌を刺されます。だいたい、鎌で刈った切株が鋭いということ、それが草むらの至るところにあるということに、大人も気付かないようです。血が出ているから「まず嘗めろ」と言ったら、当人ばかりかまわりの子供全部が、「そんな野蛮なこと……」という顔をしたのには驚きました。私に何度も言われて、中学生の女の子は一生懸命口をつけようとしましたが、とうとうできませんでした。血がでたら嘗めるという行為は、本能的な反射運動だと思っていたのですが……。薮をかき分けるとき、後ろの人をかまわずに枝を撥ねる。混んだ乗物にリュックを背負ったまま乗る。これは最近とくに大人で目立つようになりました。流れを渡るとき、石には安定したのと不安定なのがあり、その上乾いた面と滑る面を見分ける必要があることに気付かず、足を滑らす。水筒をガブガブ飲んだあげく、川の水が飲める(ことがある)ことを知らないで「自動販売機がない」と文句をいう。山で木が倒れていることがあっても、そこへ乗ってみる子供はいません。こちらが乗ってみせてさそってもです。遊園地のサバイバル遊具ならわれ先にとびつくでしょうが、道具としての形がないと、遊ぶものではないと信じているようです。1番のケッサクは男のくせに立小便ができず、1日ガマンしたあげく、解散したら駅の便所へスッとんで行った子がいました。

甲州街道を歩くとき、いくら注意してもガードレールの車道側を歩く子がいました。自分の子供ならその場で張り倒すところですが、さすがにじっと我慢しました。そのままでは教育的配慮に欠けるので、ローリング族の遊び場としての甲州街道が、どんなに危険かを書いた手紙を出しました。封書では子供が読んだだけで捨ててしまうかもしれないので、親が見られるようにはがきにしました。これには反応がありませんでした。親がなにか反応するだろうと期待したのですが、余計なオセッカイだったのでしょうか?その後観察会への申し込みもないようです。

こういうことはしつけの範疇に属し、学校か家庭の担当だと思います。博物館は公衆教育の場ですが、公衆道徳を教育する場ではないと思います。野草同人には学校の先生が多いとききました。理科教育で生物の名前を覚えたり標本を作ったり実験したりする以前の、身のこなし方や型にはまらぬ考え方をどうしつけるのか、お考え願いたいです。さしあたり、1クラスが20名程度なら先生方の負担も減って、そういうことの指導が十分できそうな気がします。

[野草61(463):8-10(1995)]

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書籍詳細

『金井弘夫著作集』
金井弘夫著作集 植物・探検・書評
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
注文する残部僅少[2008/09/30]
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