部活動と自然観察会

生物部(気位高く生物研究会と称していた)へ入ったのは敗戦の翌年である。その頃は学校の監督は何もなく、勝手に剥製標本室(そういうものがあった)の陳列ケースを押しのけて部室のスペースを広げても、ちょっと文句を言われるだけで済んでしまった。夜間採集と称して理化館屋上で徹夜でドタバタやっても、監視にくる教師も守衛もいなかった。入口の鍵を渡してくれたのだから、公認だったはずである。その最たるものが虹芝寮合宿である。生徒と山をロクに知りもしない若手OBだけで1週間、あたりを歩き廻った。今から考えると、よくも事故を起こさなかったものだ。当時は上野駅で行列してすし詰めの列車で行ったのだが、中一の父兄でさえ、あやしげなOBや上級生に子供を預けることに、あまり抵抗感はなかったようだ。「計画書」などというものは出した記憶がない。

一度だけ怪我人を出したことがある。2階の垂直の梯子穴へ踏み込んだ新人が、ガラス窓へ肱をまともに突っ込んだのだ。上腕に大きな裂傷ができたが、幸いに出血は少なかった。知りもしない「応急手当」をして、若手OBを付添いに帰宅させた。この事件で生物担当の大内先生が青くなったのは言うまでもない。今なら訴訟騒ぎになりかねない。学校の対応がどんなものだったのか、少なくとも年長OBの私には何のはなしも来なかった。

これがきっかけだろうが、翌年から大内先生が参加するようになった。教師の目から見た我々の合宿の、あまりの無秩序ぶりと教育内容の無さに、先生はあきれかえったらしい。帰途「これはなんとかせねば」と、(私に聞こえるように)つぶやいていたのを覚えている。

世間の風潮は、生徒の校外での行動に対して、親よりもむしろ学校の責任が問われるようになる一方、クラブ活動は学校教育の中に組み込まれ、教師の指導監督なしには何もできないようになって行った。私は自分の仕事にかまけて、合宿から遠ざかった。そして生物部の活動は教師主導のもと、勉強・研究・規律的色彩が濃くなって行くように、はた目には感じられた。文化祭の発表でもそう感じた。出来すぎなのである。

後年科学博物館に勤め、野外観察会の指導をすることになった。いろいろないきさつの末、一般募集の観察会に嫌気がさし、対象を子供(小4~中学生)に絞ることにした。ところが、どこの行事でも同じだが、小学生には保護者同伴が規則だった。これは、なにかあったときの責任逃れにすぎない。親についてこられると、親の目を気にせざるをえない。親は親でわが子だけに注意を集中し、運動会の如くテンデに横から口を出す。おまけに観察会は「勉強」だと頭から決め込んでいるから、私の言うことを一々ノートして子供に暗記させ、「今日は名前をいくつ覚えた」と喜んでいる。こちらの意図を察する気配りなど毛頭ない。昼食時になると、親はわが子の世話をなにからなにまでやく。シートをひろげてやり、お弁当を並べてやり、お茶をついでやり、ウエットティッシュで指を拭いてやり、食器を片づけてやり、リュックサックにしまってやる。いちいち「やり」がついていることに注意してもらいたい。子供は口を動かす以外、なにもすることがない。つまり親子のふれ合い行事そのもので、子供は親の口出しに右往左往し、私は道案内以外の何者でもない。対象を子供だけに絞った意図は何だったのか?

そこで規則に逆らって「親は来るな」とした。大人は私一人である。これで参加者は激減し、せいぜい5人どまりとなった。私には手頃な人数である。大抵は集合場所まで親がついてくる。中には解散まで一日待っている親もおり、これはこれで大変問題があるのだが、紙数がないので省く。

友達でもない他人の中に自分一人となると、子供は自身の行動決定を意識せねばならず、大変扱い易くなる。こちらも親がいたら絶対できないようなコース選択や言動ができるので、ごく平凡な地域でもさまざまな体験をさせることができる。それが何かは秘密である。親や教師の目を意識せずにやったり言ったりできるということが、子供にとって(私にとっても)どんなにすばらしいことか!まさに「自由の天地」である。私がOBとして注意することは、怪我をさせないこと(手足一本折るところまで)、山火事を出さないこと(そんなこともやる)である。植物観察会は名前を覚えるというのが常識だが、あれは思い込みにすぎない。名前を知らなくても観察はできる。帰宅した子供は親に「面白かった」と言う以外、何も語れることはないだろう。しかし体には、参加者が共有した秘密がしみ込んでいる。だから次回も来てくれる。その結果、親に送り迎えされないと来られなかった子が、2時間もかけて一人で往復できるようになったケースもある。私の意図は自然観察より手前の、「飼われている」子供の親離れ、というより親の子離れ、子の教師離れなのだ。学校や団体が何から何までお膳立てした「自然と親しむ会」では、安全で立派な「成果」があがり「勉強」にもなるだろうが、親や教師の知らない「秘密」はない。

生物研究会のみならず、かつての旧制高校の部活動は、一種の公然たる秘密結社で、参加者のみが共有する秘密とささやかな冒険と共に、自立心やリーダーシップを心身に蓄積した。それらが何かの役に立ったかどうかはわからないが、「役に立つ」ばかりが経験ではあるまい。あれは、きのうの吾を超える踏切板だったのだ。学校は、われわれがアキアキした精神教育・情操教育(言うなれば校風)によって、部活動における親も教師も知らない秘密の体験が、それが大人の目にどんなに下らないものであろうとも、最小限世間様に迷惑をかけないものであることを信じたに違いない。それが私学の本領だろう。それらの蓄積が発酵して、懐旧の美酒に熟したのだ。

[吾等讃へんその名成蹊:271-273(2005)]

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書籍詳細

『金井弘夫著作集』
金井弘夫著作集 植物・探検・書評
元・国立科学博物館 金井弘夫 著
菊判 / 上製 / 904頁/ 定価15,715円(本体14,286+税)/ ISBN978-4-900358-62-1
注文する残部僅少[2008/09/30]
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