新石器時代の遭難者アイスマン(前々号参照)の遺品の中に、弓矢と矢筒があった。弓はイチイ属のTaxus baccata、矢(14本持っていた)はガマズミ属のViburnum lantanaの徒長枝で作られている。…と、ここ迄読んでハッとした。弓はともかく、矢がタケ・ササ以外で作られるとは意識していなかったからだ。洋弓を知っている人に笑われるだろうが…。そういえばヨーロッパにはタケもササもない。ガマズミではササとちがって、そこらでいくらでも手に入るというわけにはゆくまい。おまけにシュートでは、時期を選ばないと強度の問題があるだろう。ほとんどの矢は、秋材ができた後に伐りとられており、太さは先端部0.7cm 基部0.9cm、長さは85cmもある。消耗品の矢をガマズミのシュートで作るということは、狩猟用ならともかく、戦争用となったら数を揃えるのが大変ではなかろうか。戦闘で「矢を雨あられと射る」ようなことができたのだろうか?補充するのに敵方から飛んできた矢を使うとしても、竹の矢と違って多くは先が折れるだろうから、そのままでは使えまい。矢がらの先端には、矢じりをさし込む割れ目が切ってあるから、何かに当たれば破損すること請け合いである。実際、アイスマンの矢にも、先を継ぎ足したものが2本あった、継ぎ穂に使われた材料はミズキ属(Cornus)だった。ミズキ属の矢も、同時代の遺跡から見つかるのだそうだ。日本なら、矢に使えそうなCornusはクマノミズキというところか?その継ぎ方も、プラグイン継ぎというのか、ピボットのような縦つぎのやり方らしい。むしろ折れることを前提として、つぎ穂を作ってあるのだろうか。十字軍、ハンニバル、オスマントルコ、ジンギスカンなどが大遠征に使った矢は、どうやって調達補給したのだろうか?
報告書では矢の長さと太さ、重心位置、弓の大きさ、はてはアイスマンの体格との関係などが、弾道力学の観点から論じられていた。なお弓は製作途中らしく、石器のナイフによる細かな表面仕上げがほどこされていたが、弦をかける「はず」は切られていなかった。それならなぜ矢を14本も持っていたのか、不可解である。また矢筒の枠は直径1.5cmのハシバミ属(Corylus avellana)の枝に深いU字形の溝を切り、そこへ山羊の革を革紐で縫い付けてあった。溝の底には革紐を通す小さなかがり穴が4.5cmごとにうがたれていた。こういう細工を石器を使ってやるのだから、現代のわれわれには真似ができまい。
ところでタケ・ササからの連想なのだが、ヨーロッパには物干竿というものがあるのだろうか?ためしに研究社の和英辞典(1973年)をみたら、物干綱(clothes line)はあったが物干竿はなかった。和英辞典は英和辞典の単なる逆引きらしい。もっとも、最近の電子辞書を索いたら、物干竿は出ていた。日本の文章を英訳するとき使えないような和英辞典は、ビジョンに欠けると思う。巌流島の決闘は、どう訳されるのだろうか?
永年ドイツに住んでいる江村一子さん(プランタ「ドイツ植物誌」の筆者)に「ヨーロッパには物干し竿があるか?あるならばその材料は何か?」と尋ねてみた。「物干し竿というものは見たことがない。北欧では日照が不足なので、洗濯物は地下室で火力乾燥する」という返事だった。竹が生えてないのだから、竹竿もあり得ない。そうすると魔女が乗るのも竹箒ではないことになる。
風土の異なる地域の現象を、自分の風土での見かけの同じ現象と不用意に比較してしまうのは、用心せねばならない。われわれの常識と先方の常識とが同じではないからだ。以前、ヒマラヤドクウツギが食用になることについて、「食べる」という単語は同じでも、日本とネパールでは行為の中身が違うのではないかと思ったことがある。民俗植物学を論ずるとき、用心せねばならない。ついでにもっと脱線すると、ネパール人は食事の後には必ず水で手を洗わねばならないという。洗うといっても、ホンの数滴たらすだけでもよい。食前の手洗いはどうでもよいが、食事をすると身がけがれるので、それを浄めるためなのだという。つまり食べ物は、人間との関係では元来けがれているのである。そう知ってみると、パーティーのとき、彼らが食べ終わった皿を机上には戻さず、テーブルの下の目につかないところにソッと隠すように置くわけが、わかった気がした。食べ残した皿をテーブルに置いてくるなどというのは、トンデモない不作法らしい。
[野草68(506):21-22(2002)]
=休業日
土曜・日曜・祝日・GW休暇・夏季休暇・冬季休暇(年末年始)
アボック社は(一社)日本公園施設業協会の審査を経て「公園施設/遊具の安全に関する規準JPFA-SP-S:2024 」に準拠した安全な公園施設の設計・製造・販売・施工・点検・修繕を行う企業として認定されています。
© 2000- Aboc Co., Ltd.