1992年に自然史展示の更新計画の検討がはじまりました。植物の展示というものは他分野にくらべてどうもインパクトが少なくて悩むのです。動物はいろいろな剥製があり、地学は恐竜の化石が選ぶのに迷うほどあります。人類も遺跡や発掘品にこと欠かきません。それらは博物館の所蔵標本から選べますし、購入という手段もあります。それにくらべると植物のおし葉というものは、いくら美しい種類のものでも、一般の観覧者を引きつけるものではありません。第一、おし葉を長時間の展示に出したら、風化して研究に使えなくなってしまいます。
というわけで、植物の展示はカラー写真のほかには、レプリカによる個体模型か、それを応用した生態展示が主流となります。わが国の植物レプリカ作製技術はきわめて優れたもので、花弁やおしべの一つ一つをとりはずして型をとり、それらを元通り組み合わせて作ってゆきます。けれども観覧者には、それが単なる造花と思われ勝ちなのは残念なことです。
サクラソウの展示を作った理由は、姿も名前もよく知られていて、見た目に美しいこと、東京付近では有名な天然記念物であること、その保護が話題になっていたことなどによります。ちょうど花の季節だったので、田島ケ原の保護地を見学させてもらいました。私自身は太平洋戦争の直後にあのあたりへ採集にでかけたことがありますが、当時にくらべてたいへん派手な印象を受けました。
展示は 180×60mの面積にサクラソウ30本、ノウルシ15本という取り合わせで、あとは早春の緑を散りばめた、比較的アッサリとしたものです。計画の当初、展示室入口正面のアイキャッチャーにしようというはなしが出たのですが、これは遠慮しました。カラー写真で見るような、派手なみものになるとはとても思えなかったからです。それに、模型展示はほこりがたまりやすく、人目を引くために強力にライトアップすると、色あせが早くおこるからです。現在の展示はちょうど自然の状態に近いものですが、周囲の展示品の派手さにくらべて、むしろ控えめにみえます。壁面には、保護地の大正時代と現在の土地利用図を示して、サクラソウの生育適地が減少した様子がわかるようにしてあります。
植物学的には、サクラソウは異形花柱花をもつ植物として有名で、その模型が壁面展示されています。花屋にサクラソウ(プリムラ)があったら、花の中心をよく見てください。花の中心に小さな丸い穴があいている花と、穴はあるけれど小さな栓のようなものでふさがっている花があります。サクラソウの仲間は、同じ種類でもめしべの長い株と短い株があり、長いめしべでは先端の柱頭がちょうど穴の入口をふさぐような位置にあるのです。一方、めしべの長い花ではおしべの方は低い位置につき、めしべの短い花ではおしべは高い位置についています。受粉したとき、異なるタイプの花の間では種子ができ易く、同じタイプの花同志ではできにくいことがわかっており、異なる株の間での遺伝子交換をはかって多様性をひろげる仕組みになっているのです。
この模型を作るときに失敗がありました。大抵の花ではおしべの着く位置は花弁と花弁の間です。ところがサクラソウの仲間では花弁の基部におしべがつくのです。私が監修したのですが、ボンヤリ見過ごしてしまい、展示してから指摘されて、あわてて作り直しました。植物を観察するとき、ただながめて名前を覚えるのもよいですが、どんな当たり前の植物でも、ルーペでよく観察したり、花をこわしてみたりすると、誰も知らない思いがけない発見をすることがあります。
[文芸広場50(5):48-52(2002)]
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